宗英の斎宮さんの「可愛い子に一途にアプローチされたら悪い気はしない」って坂を転げ落ちるようにほだされていくところ、若い男の子感満載でイイなぁって思っています。
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巴里にて(宗)
週末にアパルトマンを訪れた天祥院は部屋に意外なものを持ち込んだ。
「見て見て、日本が恋しくならない?」
「…土鍋?」
「うん、そろそろ寒いし。斎宮くん、湯豆腐って好き?」
彼は大きな荷物から土鍋に続いて豆腐や薬味を取り出した。
「好きだけど、そういえば湯豆腐なんて随分食べていなかったね」
パリの空気は自分に合っているが、たまに日本食が恋しくなる。
夕方になってから、僕たちは鍋の準備にとりかかった。
キッチンの戸棚にしまい込んで滅多に出番がなかった携帯コンロをリビングに持ってきて、天祥院が持ってきた薬味のネギを切り、大根をおろして、薬味皿に盛り付ける。
それだけで見た目から和の食卓になって楽しい。
テーブルの傍にあるソファに二人並んで座り、火にかけられた土鍋が豆腐をじっくり芯まで温めるのを待った。
揺れる炎を眺める天祥院の目が、夕暮れの海のように輝いていている。
熱くなった豆腐をすくい、薬味を添えて渡すと、彼は嬉しそうに受け取った。
「至れり尽くせりだね。斎宮くんが世話好きなのは知っていたけど、それが僕に向くなんて変な感じだな」
彼の言葉に、僕はハッとした。
「そうだったね。手を出しすぎるのは良くないと分かっているのに、つい」
気を付けているつもりなのだけど、と言うと、彼は小さく笑った。
「…いいよ。僕はそういうの、嫌じゃないから」
目を細めてこちらを見る彼に、何故か心がざわついた。
そうかね、とだけ言って僕は彼から目を逸らした。
彼は僕にあれこれさせるのが気に入ったのか、僕が新しい豆腐を皿に盛り付けたのを受け取って食べるだけだ。
美味しそうに食べているからいいけれど。
「うん、丁度いい熱さだよ。醤油だれも美味しい。斎宮くん、和食も上手なんだね」
「湯豆腐は素材勝負だろう。君の持ってきた食材のお陰だよ」
「ふふっ、全部いいものばっかりだよ。一日早いけど、この湯豆腐は僕からのプレゼントってことで。明日はすぐ帰らないといけないから鍋なんて出来ないし」
一日早いプレゼントと聞いて、僕はようやく思い出した。
「…そういえば、明日は僕の誕生日だったね」
「呆れた、自分の誕生日を忘れてたの?土鍋は置いていくから、また僕に鍋料理を作ってね」
「そういう魂胆かね」
「いいプレゼントだと思うけどな」
「…まぁ、そうかもしれないね」
土鍋自体の質もいいし、誰かと温かい料理を囲む時間を持てるのもたまには悪くない。
息を吹きかけて豆腐をちょっとずつ食べる彼は、次第に体が温まって寛いだのか、僕にことんと身体を預けた。
「…おい、重いのだけど」
「だってこの方が楽だし」
彼は悪びれもせず、僕にもたれて心地よさそうに目を細めた。
外は暗くなり、静かな部屋にはお湯のくつくつという音だけが響いている。
(…いいのかな、こんなことをしていて)
親しい友人同士という訳でもないのに、この距離の近さは何だろう。
もしかして彼はこのくらいのスキンシップには慣れっこなのだろうか。
「天祥院」
「なに?」
「君は、恋人はいるのかね」
「えっ」
天祥院が僕からパッと離れて固まった。
(続)