あらすじ:不毛な英→宗。成人済み社会人アイドル。斎宮の女を寝取るのが趣味の英智の短い話です。英智の徳が低め。英智が女とやってます。斎宮も童貞ではないです。渉は二人のお友達。
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媚びた喘ぎ声を上げる体を抱きながら、歪んだ幸福を感じていた。
つい先日には斎宮くんと可愛らしく映画館でデートしていた女性が、今はこのざまだ。
「…綺麗だね。こんな気持ちになるのは初めてだよ」
判で押したように全員に囁いている言葉に、彼女もまた陶酔した表情を浮かべた。
女は特別扱いに弱い。
今を時めく芸能人に熱心に口説かれて、美しいホテルに誘われることにも。
斎宮くんは彼女を愛しているんだろうか。
そしてやはりこんな風に抱いたんだろうか。
そう思うとこみ上げるものがあって、低く漏れる声を殺しながら、薄いスキンの中に白いものを吐き出した。
+ + +
半月ほどした後、TV局の廊下で会った斎宮くんは物言いたげな瞳で僕を睨んだ。
「おや、もう耳に入ってしまったのかな」
僕は彼とは対照的に涼しい声で応じた。
「自分の成功談を隠しておけない女性とばかり付き合うなんて、斎宮くんは見る目がないんだね」
微動だにしない斎宮くんの傍に寄って小声で言った。
「…彼女、そんなにいいかな?ランジェリーの趣味を疑ったよ」
「…!」
怒りか羞恥か、斎宮くんが顔を赤くして踵を返した。
あの様子だと彼女の裸を知っているのだろう。
改めて湧き上がる満足感に薄く微笑んだ。
掠め取るのは斎宮くんに抱かれた女でないと意味がない。
彼が精神的にも好いているなら尚更いい。
僕はそれで間接的に斎宮くんを抱けるし、彼の想い人に僕を選ばせることで自尊心も満たせる。
そして彼に恨まれる。
会う機会が激減した卒業後もたまにちょっかいを出していたが、色々試した結果、斎宮くんの恋人に手を出すのが一番見返りが大きいと学んだ。
口笛でも吹きたい気分で斎宮くんが消えた方に向かうと、反対側から渉が歩いてきて、僕を見るなりおでこに手刀を食らわせた。
「…いい加減になさい」
「痛いんだけど」
「痛いのは貴方です。恥ずかしくないんですか、いい歳にもなって」
幸い僕の趣味はスキャンダルになっていないが、僕とも斎宮くんとも親しい渉だけは僕の行動を知っている。
等しく友人の幸せを願う渉は僕の悪癖にいい顔をしないけれど、僕にとってはさしたる問題ではない。
昔は斎宮くんのお気に入りの人形を奪い取って遊んでいたのが、大人になった今はもっと生々しく湿ったものに変わっただけだ。
「別に恥ずかしくないよ」
思ったより強い力のチョップに額を押さえながら笑った。
「だって、男同士じゃセックス出来ないじゃないか」
繋がる方法はあれど、子供を成さない行為に価値は見出せなかった。
それに、斎宮くんに愛された女性を抱く方が得るものが多い。
朴念仁の彼に初めて恋人が出来たと聞いた時はショックだった。
彼の初恋の相手であろう女を口説いて、煌びやかなホテルのベッドで最後まで抱いた時の、尋常ではない多幸感が忘れられない。
のちに恋人の裏切りを知った斎宮くんが僕に向けた眼差しも。
大人になった斎宮くんが人並みに女性と付き合い始めたことに最初は確かに傷ついたのに、今はもう彼が恋人を作ることを恐れているのか待っているのか、自分でも分からなかった。
+ + +
芸能界では付き合いが大事だ。
年末になれば面倒な飲み会も増える。
社会人になって「そういう場は苦手なので」が通用しないことを学んだ斎宮くんは、昔馴染みにはお見通しの「本当は嫌でしょうがない」という本音をうまく隠したつもりの顔で貸し切りの居酒屋に現れた。
人の性根なんて変わらないから、僕は昔と同じく人に囲まれるにつれて塩をかけられたナメクジのように縮れていく彼を懐かしい気分で見守っていたが、アルコールに強くない彼が上の人間から勧められて渋々酒に口をつけた時には腰を浮かせた。
角を立てずにとりなすにはと考えている間に、僕の隣に座っていた渉が風のように上座に躍り出て曲芸を披露して、全員の視線はそこに集中した。
「さぁ、次は新作のマジックです!これにはお手伝いが必要でして…では昔のよしみで宗!こちらにお願いします」
渉が出れば、そこが世界の中心だ。
斎宮くんは快く上座に送り出され、待っていた渉が彼の手をとった。
(…うん?)
手を握るのは余計じゃないかと思ったが、僕の心境などお構いなしにショーは進んだ。
+ + +
「…やっぱり駄目だったか」
宴もたけなわですが…というお決まりの文句で飲み会がお開きになった後も、斎宮くんはテーブルに突っ伏して眠ったままだ。
そこまで多くは飲まされていなかった筈だが、彼にとってはハードな量だったのだろう。
ショーの後に報酬の名目でたくさんの酒を振る舞われた渉はまったく顔色を変えずにしゃんとしている。
ちなみに斎宮くんも同じ理由でアルコールを勧められていたが、それも全部渉が引き受けた。
僕は体の事情でお酒が飲めないから、宴席でああやって斎宮くんを守ることは出来ない。
「…ありがとう、渉」
複雑な気分でお礼を言った僕に、渉が面食らった顔をした後に苦笑いした。
言いたいことは分かる。
僕がお礼を言うことじゃない。
結局、どれだけ愛せるかではなくどうやって愛するかが明暗を分けるのだ。
そこが上手な渉は今も斎宮くんの親友を続けていて、僕は彼とまともに関係を築けないままだ。
「じきにタクシーが来るそうですよ」
渉はそう言って宗の傍に膝をつき、彼の背中を揺すった。
「宗、起きて下さい。帰りますよ」
「…ん…」
斎宮くんがまだ起きないうちに、店の人間が「タクシーが到着しましたよ」と告げに来た。
それを聞いた渉は神妙な顔で僕を見つめて言った。
「貴方が運んであげなさい」
思いがけない言葉に、どうしてと目で尋ねた。
彼は斎宮くんの親友でもあって、僕の歪んだ気持ちを応援する気はない筈だ。
渉は静かに斎宮くんを見下ろして呟いた。
「『本物』に触れば、気が済むかもしれないでしょう」
「…」
怖いことを言う。
僕は審判を待つような気持ちで斎宮くんに手を伸ばした。
服越しにも、酔った体は熱かった。
眠っている人間は重い。
成人男性ならなおのこと。
どうにか彼を横抱きにして立ち上がり、夜風の冷たい外に出ると、すぐ近くの道路脇にタクシーが停まっているのが見えた。
斎宮くんは僕に抱かれていることなど知らずに眠っていた。
向かい風を防ぐのを装って彼に顔を近づけると、規則正しい呼吸が聞こえる。
―――気が済むとはどういうことだろう。魔法が解けるようなものだろうか。
その瞬間が来るのを恐れながら後部座席に斎宮くんを乗せると、隣の席に渉が乗り込んだ。
後は引き受けるという彼に任せて、遠ざかっていく車を見送った。
きっと一から十まで渉が世話をしたことにしてくれるだろう。
真っ暗な夜空の下。
僕はタクシーが見えなくなった後で、何事もなかったように空っぽになった自分の両手を見下ろした。
直に触っても、気は済まなかった。
そのことに安堵していた。
了