3話に分けるには短いので詰めました。今回の小話はこれで完結です。お付き合いいただきありがとうございましたm(__)mラストの英智と渉のやりとりを書きたかったので無事に辿り着けて一安心。「続きを読む」からどうぞ。
ライブの誘い(英智)
それから半月後の土曜日。
僕は再び斎宮くんのアパルトマンを訪れた。
料理上手の斎宮くんの料理を食べて一服して、その後はただ無為に過ごすうちに空が暗くなる。
二人きりの時間が良くも悪くも平和なのはいつものことだ。
並んでソファに座っても、斎宮くんは僕に何かするでもなく本を読んでいる。
(…人が半日かけて会いに来てるっていうのに)
わざと斎宮くんに寄りかかってみたけれど、疲れ気味の僕が眠たくなっただけだった。
やはり席の問題ではない気がしたけれど、チケットを譲ってもらった以上、もう一度斎宮くんを誘わないといけない。
「あのさ」
「何かね?」
僕と目を合わせた彼は読みかけの本を閉じた。
「僕に話があるのだろう?今日はずっと落ち着かない様子だったし」
「ふぅん、斎宮くんでもそのくらいは分かるんだ」
「酷い言われようだね。君の様子がいつもと違うのは分かっていたけれど、僕から尋ねるのは良くないと思ったのだよ」
「…」
僕のタイミングで話すのを待っていてくれたのか。
分かりにくい優しさだ。
斎宮くんは昔の失敗から他人に過干渉にならないように気を付けているようだけど、僕はもっと踏み込んで欲しかったりする。
…こういうのを相性が悪いというんだろうか。
「前に、ライブに誘ったよね?」
「ああ」
「あの時は伝えてなかったけど、今回は会場がコンサートホールだからドームみたいに人が多くないんだ。それに、渉がバルコニー席を譲ってくれたからある程度落ち着いて観られると思う。それならどうかなって」
僕の提案を聞いても、斎宮くんは難しい顔をしたままだった。
「もしかして、もう予定が入ってる?」
「そうではないけれど」
「飛行機代は僕が出すから」
「…」
明らかに気乗りしなさそうな斎宮くんを見ていると、誘っている自分が馬鹿みたいに思えてきた。
(…もうやめておこう)
今回のライブは趣向を変えて小規模で行うから、チケットの競争率は普段の比ではない。
斎宮くんには価値のないチケットでも、他に欲しがっている人間は山ほどいるのだからそちらに回すべきだ。
「やっぱりいいや、しつこく誘ってごめん」
「いや、僕こそ行けなくてすまないね」
僕が引き下がると斎宮くんは明らかに胸を撫で下ろした様子だった。
本音が顔に出るのは昔からだけど、露骨にホッとされると腹が立つ。
「来られないんじゃなくて、来たくないんだよね?」
「…ええと」
「来たくないなら無理しなくていいよ。でも、嘘でもいいから用事があるって言って欲しかったな。時間の無駄だって言われるよりはダメージが少ないからさ」
「いや、その、そうではなくてだね…」
斎宮くんは慌てた様子で何度も言葉を選び直しては黙り込むのを繰り返した。
やがて、彼は焦れた手つきで僕を抱きしめた。
「ねぇ、今そんな気分じゃないんだけど」
誤魔化しの抱擁は彼らしくないし、そんな対応で済ませていいと判断されたのもショックだった。
腕を振りほどこうとした時、斎宮くんが小さな声で言った。
「…君が綺麗な衣装を着て、誰彼構わず愛想を振りまいているのを見たくないのだよ」
耳元でぽつんと聞こえた言葉の意味が最初は理解できなくて、しばらく考えてやっと話が繋がった。
「…もしかしてライブのこと?」
「…」
黙って頷く気配があって、僕は彼に抱きしめられたまま途方に暮れた。
「えっと…愛想って言っても、うちのファンサは軽い方だよ?笑って手を振るくらいなんだけど」
「それでも嫌だから行きたくないのだよ。まして良席なんてお断りだよ。何が悲しくて特等席でそんなところを見せられないといけないのかね」
「そんなところって」
「せめて衣装くらいは僕が作れたら気も晴れるけれど、君のところにはお抱えの衣装係がいるだろう。他人の領域に手を出すのはマナー違反だから、僕はステージに立つ君に何も出来ないのだよ」
僕にとっては些細なことが、斎宮くんには耐え難いらしい。
そういえば、夢ノ咲関係のユニットで笑顔も手振もろくにやらないのは『Valkyrie』くらいだ。
たまに影片くんが斎宮くんの目を盗んで盛大に手を振って会場を沸かせて、その後舞台上で斎宮くんに叱られていたりはするけれど。
「…僕のライブに興味がないのかと思ってた。最初から言ってくれればいいのに」
「嫌だよ。恋人の仕事を応援出来ないなんて狭量じゃないか」
斎宮くんの言い分はもっともで、僕は笑ってしまった。
「確かにね。今時、パートナーの仕事に理解がない人は古臭いって煙たがられるよ?」
「…人前に立つなとは言わないよ。反対しないことくらいしか出来なくてすまないね」
「ううん」
彼が精一杯譲歩した結果が「ライブを観に行かない」なのであれば、僕もそれで構わない。
(…良かった)
思ったよりも、僕はこの人に好かれていたようだった。
+ + +
本番まであと三十分を切った。
細部を直してもらった衣装も、髪のセットも決まっている。
きっと今日のライブはうまくいく。
そんな確信があった。
控え室で進行の確認をしていると、支度を済ませた渉が近寄ってきた。
「いよいよですね。そういえば、先日お渡ししたバルコニー席はどうなりましたか?」
「ごめん、結局またお断りされちゃったんだ。席は取引先のお嬢さんにお譲りしたよ」
「そうですか。残念でしたね」
「いいんだ」
僕は壁にある鏡に向かって笑いかけた。
笑顔はファンサービスの基本だ。
「僕のライブなんか観たくないんだって」
渉が鏡越しにぎょっとして首を傾げた。
「…どういうご関係の方なんです?」
「ふふっ、まだ内緒。さぁ行こう」
弾む声で呼びかけて、僕は友人と一緒に舞台袖に向かった。
(続?)