日記

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【宗英】恋人は巴里(パリ)にいる⑧

今回で宗←英のターンが終了して、次からは斎宮さんが悶々する予定です。

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 巴里にて(宗)

いつもなら僕が朝食の用意を終える頃に匂いにつられたように天祥院が寝室から出てくるのだが、今日は食事の準備が整っても彼が起きてこない。

(いつもより早く寝た筈なのに寝坊するなんてどういうことなのだろうね…?)

部屋の扉をノックしても返事はない。

このままでは彼にとっては百万円超えの価値があるというバゲットが冷めてしまう。

「入るよ」

中に入ると、天祥院はベッドに入ったままぐっすり眠っていた。

ぴくりとも動かないまつ毛と規則正しい寝息から、熟睡しているのが分かる。

このままにしておいてやりたいが彼には帰りの飛行機が待っている。

「おい、朝だよ」

「…う…ん…」

「おい、起きたまえ!天祥院!」

「…えっ!?ちょっと、何で…」

僕の声掛けにぱちりと目を開いた天祥院が慌てた。

「朝食が出来たから呼びに来たのだよ。早く来ないと君の好きなバゲットが冷めるよ」

「だからって勝手に入られたら困るよ!」

天祥院は忙しなく布団を掻き集めて自分の顔を隠した。

「寝起きの顔なんか見ないで。髪だってぐしゃぐしゃだし…」

そういえば、彼は寝起きの隙など僕に一度たりとも見せたことがなかった。

部屋から出てくる彼はいつも完璧に身支度を整えていた。

「…」

何だろう。

じくりと湧き上がるものがあって、妙な気分になる。

変な感情から目を逸らしながら彼に声を掛けた。

「そんなに必死に隠さなくても、君は寝顔も綺麗だったよ」

眠る姿も寝起きの顔も見苦しいとは思わなかった。

性根はともかく顔は悪くないのだ。

深く考えずに口にしたその一言で、天祥院は布団ごと飛び上がって怒った。

「馬鹿!」

彼は足音も荒く部屋を出て、やけくそみたいに朝食を食べ始めた。

怒りのスイッチがどこにあるのかよく分からない。

あの勢いで自分の分まで食べられては敵わないと、僕も彼の向かいに座って朝食を食べ始めた。

(…?)

怒っているのかと思いきや、天祥院はバゲットを食べながら時々こちらに視線を寄越しては、また黙って目を伏せた。

そこには特に怒気は感じられなかった。

 

+ + +

 

帰りの飛行機の都合で、天祥院はいつも日曜の早くに帰っていく。

言葉少なに鞄を持って玄関に向かう彼を呼び止めた。

「おい、昨日の話だけれど」

「…何のこと?」

彼は億劫そうに振り向いた。

「僕は今すぐパリで恋人を作りたい訳ではないのだよ」

「わざわざ僕にそんな言い訳しなくたって、斎宮くんの好きにしたらいいんじゃない?」

「ここに出入りしているのは君だけなのに、他の誰に言い訳をするのかね」

天祥院に近寄って彼の肩を掴んで言った。

「とにかく、変な気を遣わずにまた来ればいいから」

「…うん」

天祥院は来た時に比べて格段に少なくなった荷物を持って帰っていった。

キッチンにはしっかり土鍋が残されている。

次はこれで何を作ろう。

(続)