日記

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【宗英】恋人は巴里(パリ)にいる⑨

誕生日ラッシュお疲れさまです。おめでたいけど体力的にきつい。

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巴里にて(宗)

 小雨の降る十一月、天祥院は厚いコートに身を包んでやって来た。

「ふぅ、寒いね」

コートを脱いだ彼は赤くなった鼻を擦った。

こんな気温の中、よく来るものだと半ば呆れる。

外は指先がかじかむほどの寒さだ。

荷物を片付けた彼は、さっそくリビングに用意された土鍋に注目した。

「あ、鍋が出てる」

「今夜は鯛めしにしようと思って」

「ちゃんと活用してくれているんだ。鍋を囲むのっていいよね。斎宮くんはそういうの苦手かもしれないけど」

「そうでもないよ。それに、パリでは君としか鍋をしたことがないし」

鍋を囲む、というには二人では足りない気がするが。

「大学の友達とかは?」

「いや、特に誰も」

こちらの大学にはサークルがなく、授業が終われば解散だ。

同じ講義を受ける者同士、顔は覚えているし喋ることもあるが、授業中以外に誰かに声をかけて親睦を深めることはなかった。

まだ近所で買い物をしている時に顔を合わせるアパルトマンの住人の方が馴染みがある。

見慣れない野菜の鮮度の見分け方を教えてもらったり、そのお礼にフランスでは珍しい調味料をお裾分けしたこともある。

地味な学生生活だが、僕はそれで大方満足していた。

「影片も今は受験勉強で忙しいそうだし、ここに来たことがあるのは君だけだよ」

「…そうなんだ」

彼は軽やかな声で言って微笑んだ。

照れたように伏せられた目を長い睫毛が彩っている。

綺麗だと思ったのを見透かされたくなくて、僕はその様子から目を逸らした。

…たまに、彼を見るとおかしな気分になる。

あまり身に覚えのない、刺激されたことのない感情だった。

鯛めしと聞いた天祥院は冷蔵庫を開けて、どんと置かれた鯛を見て興奮している。

「わぁ、大きな魚」

「つい奮発してしまってね」

喜んで食べてくれる人間が確実に一人は存在するという安心感に負けて買ってしまった。

「…君は絶対に美味しいと言ってくれるから」

いくら料理好きでも一人暮らしが長くなると次第に楽を覚えてしまうが、彼が通ってくる間は横着を覚えずに済みそうだった。

(続)