日記

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【宗英】恋人は巴里(パリ)にいる③

そんなに長い話になる予定ではないです。

でも、入れようか削ろうか迷ってる場面が複数あるので、現在進捗何パーセントですって言えない…orz

短くまとめるならもうすぐ折り返しくらい?かな?

本編終わった後にちまちま後日談書いてもいいし。

その辺も考え中です。何も決めてない。見切り発車。

「続きを読む」からどうぞ。

巴里にて(宗)

やや肌寒くなったとはいえ、パリの十月は過ごしやすい。

僕は普段通り土曜日の昼近くにアパルトマンにやってきて寛ぐ天祥院に尋ねた。

「前から思っていたのだけど、折角パリを訪れているのだから観光でもしてきたらどうかね」

「うーん、別にいいかなぁ。だいたいの場所は行ったことがあるし。斎宮くんこそ、僕は留守番をしているから出掛けてきたら?」

「君をここに残してかね?冗談ではないよ、何をされるか分かったものじゃない」

渋い顔をした僕に、天祥院は苦笑いした。

「信用がないなぁ」

「君のせいだろう。それに僕も土日は街が混むから外出は控えたいのだよ」

その結果、僕は半月に一度ここで天祥院と膝を突き合わせて、互いの近況などを教え合う羽目になっている。

それは天祥院にしては非効率的な時間の使い方に思われた。

「僕がいたらお邪魔かな」

「そうではないけれど、退屈ではないのかね。僕は話し相手としては面白い人間ではないだろう」

「そう?僕は楽しんでいるよ。それに、ちゃんと目的があって来ているし」

「…?」

「全然気付かないなんて相変わらず鈍いね。僕は斎宮くんに嫌がらせをしに来ているのに」

「なっ…おい!まさか、僕の私物に悪戯をしていないだろうね!?」

貴重な手芸パーツに作りかけの衣服、大学の講義に必要な教科書や辞書など、他人に触られたくないものは山ほどある。

「ううん、斎宮くんの物を勝手に触ったりはしていないよ」

「ではカメラか盗聴器でも仕掛けられているのかな。後で調べてみないといけないね」

斎宮くん、僕のことを何だと思ってるの…」

「そのくらい平気でやりかねない人間だと思っているよ」

僕の回答に天祥院はムッとした表情を浮かべて「コーヒーちょうだい」と言った。

「月に二度も泊まりに来る人間は客人ではないよ。そのくらい自分でやりたまえ」

「自分で淹れても美味しくないもの」

「はぁ…」

元紅茶部部長の彼は紅茶を淹れるのは上手なくせにコーヒーは勝手が違うのか、自分でやろうとしない。

彼に任せてまずいコーヒーに付き合わされるのは不本意なので、結局僕が用意する羽目になるのだ。

彼はごろんと人の部屋のソファに寝て背伸びをした。

「ああ、快適だなぁ」

「君はね」

人の性根なんて直らないものだ。

僕は諦念の境地でコーヒーの用意を始めた。

「そういえば斎宮くん、最近はどう?」

寝そべった姿勢のまま、彼が僕に近況を尋ねた。

「今週は授業の一環で美術館の舞台裏を見学してきたよ。保存修復の技術を直に見られて良かった。あと、一眼レフカメラの使い方に関する課題が出たね」

スマホのカメラがあるのに?」

「今は現場でもスマートフォンのカメラを使うのが一般的らしいけれど、一眼レフの技術は持っておくべきだそうだよ」

「ふぅん」

「君は?」

「僕は相変わらず。最近は家業の方が忙しくて、たまに敬人に手伝ってもらってる」

「ああ、アミューズメント部門がどうとか言っていたね」

「そうだよ、あとはリゾート部門もだんだん僕の担当が増えてきて…そのうち一度現地に足を運ばないといけないかも」

「君なら南半球までひとっ飛びじゃないか」

「まぁね。一緒に来る?」

「男二人で南国リゾートに?寒い冗談だね」

「…あっそ。斎宮くんは?他には最近何かないの?」

天祥院はすっぱりと自分の話をやめて僕にバトンを返した。

「他にと言われても、僕は地味な学生生活を送っているだけだし…そうだね、最近夢見が悪いかな」

パリに慣れた頃から、たまに昔の夢を見る。

「夢ノ咲にいた頃や、それ以前の夢…楽しくなかった記憶ばかり夢に出てきて辟易しているよ。起きてしまえばただの夢だけど、いい気はしないね。不吉な気がする」

僕の言葉に、天祥院は興味深そうに瞬きした。

「へぇ、僕も小さい頃から、手術が成功した後は昔の嫌な夢を見るよ。同じような人がいるなんてね」

二つのカップに分けたコーヒーのうち一つを受け取りながら、天祥院がにやりと僕に笑いかけた。

「むかし考えたんだけど、それって一種の恒常性だと思うんだ」

「恒常性?」

「そう、生き物が自分の内部環境を一定の状態に保ち続けようとすること。僕は自分が健康なことに慣れていないから、どこか落ち着けないんだ。だから心は不健康な過去に帰りたがる」

「不思議な理屈だね。わざわざ不健康な過去に執着するのが恒常性?」

「そう、斎宮くんだって一緒じゃないか。精神が今の幸せに慣れなくて、馴染みのある記憶を引きずり出して安心したがっているんだよ」

不思議と自信ありげな声で彼は続けた。

「大丈夫、それは不吉の前兆じゃない。不安な方が落ち着く習性が身についた人間は、幸せな環境に身を置いた時にすんなり幸福に浸れないものだよ」

「…では、いずれはこんな夢は見なくなるのかな」

「さぁ、性格次第じゃない?僕は今でも昔の夢を見るよ。いつまで経っても幸せに馴染めないんだ、損な性分だね」

根暗が板についた彼はあっけらかんと笑ったが。

手放しで喜ぶだけでいい筈の手術成功後に不健康だった頃の夢にうなされ、それに理由を見出すために生物の恒常性に思いを巡らせる子供時代とはどういうものなのだろう。

黙って考え込む僕を見て、彼は何を勘違いしたのか「斎宮くんは見なくなるかもしれないよ」と珍しく気遣ってくれたが、そうではない。

僕は天祥院のことを考えていたのだ。

わざわざ本人には言わないけれど。

「そんなに心細いなら、今日は一緒に寝てあげようか?」

「ノン。君が傍にいたら余計に生々しい悪夢を見そうだよ」

「あはは!」

固辞する僕を見て、天祥院が声を上げて笑った。

僕にとっては笑いごとではないのに、こういう忌々しいところは相変わらずだ。

「まぁ、お守り程度に覚えていて欲しいな。辛い過去の夢を見るのは今が幸せだからだって思えば、心持ちも変わるだろう?」

こなれた様子の口調は彼の悪夢の多さを物語っているようだったが、割り切った態度は身軽に見えた。

「君もたまには役に立つことを言うのだね」

「褒めるならもっとしっかり褒めてくれる?」

「君は褒めても伸びずに増長するからお断りだよ」

僕はそう返して、自分が淹れたコーヒーに口を付けた。

(続)