八(宗)
(…自己嫌悪で死ねそうなのだよ)
必要最低限の性的接触しかするまい、と。
そう誓った割には、朝こうしてぐちゃぐちゃな姿で寝ている英智と遭遇する確率が高くはないか。
(そもそもどうしてこんなに頻繁に誘ってくるのだろうね。別に『番』のアルファとして僕を立てたり気遣ったりしてくれなくても、彼に不都合がないようサポートはするつもりなのに…)
生徒会室から聞こえた声ははっきりしたもので、聞き間違いなどあり得ない。
英智の好きな人を知っている以上、その気持ちは尊重しながら必須範囲でだけ彼に触れよう、と。
(そう思ってはいるのだけど…)
ヒートの際の自分の行動に理性が伴わないのはこの前痛感したが、普段の時期は英智が誘惑してこなければ手を出さずにいる自信がある。
でも彼はほぼ毎晩僕の布団に入ってきては、あそこを触ってここを撫でてとねだってくる。
たとえば、いま無防備に晒されている桃色の花びらを乗せたような愛らしい乳を吸って欲しいとか。
(胸くらいなら…と思ってしまう僕も駄目なのだよね。そこからズルズルと流されてしまって…)
裸のまま寝息を立てる英智を見下ろしていると余計な情念がぶり返しそうになる。
これ以上いやらしい目で見る前にと目を逸らすと、スマホのランプが点滅している。
通知の内容を確認して天の助けだと思った。
(そうだった、色々あったせいで予約を入れたのをすっかり忘れていたのだよ)
今日は土曜日。
何か健全な予定でも入れなければ、また英智に誘われてそのまま…ということになりかねない。
外出はいい対策になる。
九(英智)
夏に向けて浴衣の反物が並ぶ時期、お得意様には個別に連絡が入るらしい。
店内には小さなお座敷のようなブースがいくつかあって、他にも常連らしい人がお店の人と反物を手に話し込んでいる。
斎宮くんが顔見知りらしい歳の近い女性スタッフに「彼の浴衣を仕立てようと思って」と言い出した時はびっくりした。
(僕?)
斎宮くんの仕事の付き添いという感覚だったので、いきなり座の主役になってしまって落ち着かない。
畳の真ん中に立たされて、店員と斎宮くんが二人がかりで見繕った布地をあてがわれて、あれこれと批評される。
「彼は線が細いからあまり男物らしさが出なくてもいい気がするのだよね」
「そうですね、首も細くて綺麗でいらっしゃって、繰越がないのが残念なくらいです」
(…?)
くりこしって何だろう。
「確かに似合いそうだけど、基礎を破って仕立てても全体的に美しくはならないだろうね。身八つ口や振りが開いていたら涼しげだろうけど」
「男物じゃなくなっちゃいますよ…薄くて肌当たりのいい布地でしたら見た目も柔らかい雰囲気に仕上がりますから、質感重視で決めるのはいかがでしょう」
楽しそうに交わされる会話の内容が何となくしか分からない。
僕の話なのに。
店の中を見渡して、高いところにある反物が気になった。
「斎宮くん、あれは?」
「無地の白は物足りなくないかね」
「あ、いえ、あれは…今お持ちしますね」
斎宮くんの傍にいた彼女がパッと棚の方に行き、台座を使って反物をとって僕の前で広げて見せた。
「こちらはぼかし染めで桔梗が描かれているんですよ」
「へぇ…綺麗だね」
きなり色の生地に、淡い紫で桔梗のシルエットが染められている。
「ふむ、これなら君に似合うものを仕立てられそうだよ。君もこれでいいかね」
「うん、こういうの好きだよ」
斎宮くんに衣服を仕立ててもらうのは初めてだ。
大概の在校生にとっては珍しくなかった斎宮くんお手製の衣装が、専属の衣装係がいる僕には遠かった。
「楽しみにしてるね」
斎宮くんは珍しく照れたようにそっぽを向いて「ああ」とだけ言った。
(続)