こんなネタを思いついた!って話をしたいんですが、語ると気が済んで小説にしなくなっちゃうから言えない…あるある…。
頭の中にある時はめっちゃ面白いネタだけど、書いているうちに(あれ…?そうでもねぇな…?)って冷静になっていくのもあるある。
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巴里にて(宗)
十月下旬の金曜日。
明日には天祥院がやって来る。
行きつけのパン屋に入った僕は、同じアパルトマンに住む双子の男の子と母親に会った。
彼らに挨拶をしてからショーケースを見ると今日はクロワッサンが陳列されていた、が。
「…そっちのバゲットを一つ」
僕の言葉に顔馴染みの女性店員が目を丸くした。
品切れの時を除いて、僕がクロワッサン以外のパンを買うのは初めてだ。
『何があったの?』とまで尋ねられて、クロワッサンを買わなかっただけでこんな反応をされるくらい覚えられていたのかと恥ずかしくなった。
『週末にいつも来る人間がこれを気に入ったらしくて、ええと…』
友人と言うほど親しくはないが、あんな厚かましい人間を客とも呼びたくない。
彼のことをどう表現すべきか言葉に迷っていると、彼女は全てを察したように感慨深げに微笑み、黙ってバゲットを二つ包んで僕に渡した。
違う、そうじゃない。
誤解をされているのは明らかだが、異国の若者がパリを満喫していることを心から祝福してくれている彼女の気持ちに水を差すのは悪い。
僕は『頑張ってね』とエールを送ってくれる彼女に感謝を述べて、内心複雑な気分でバゲット一つ分の代金を支払った。
店を出て、冷たい風に吹かれながら足早にアパルトマンを目指す。
(気持ちは嬉しいけれど、騙したようで気が引けるのだよ…)
いっそ嘘が本当になれば気が楽になるのだが、相手が天祥院では話にならない。
(…恋人か)
パリでは何もかもが夫婦、恋人単位で動く。
イベントごとにはパートナーと二人で参加するのが普通だ。
二人一組が自然なせいか、日本に比べて恋人たちが外で親密にしていても鼻につくことはない。
少なくともパリでは、恋人を作ることについてあまり四角四面に考えてはいけないのかもしれなかった。
(続)